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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1726号 判決

原告 吉岡松太郎

右代理人弁護士 入野梅次郎

右復代理人弁護士 薬袋善次

被告 栗原喜三郎

右代理人弁護士 佐々木秀雄

同 中律市五郎

被告 荒川区

右代表者区長 村上勇三郎

右指定代理人 土岐岩男

同 兼松上一

右代理人弁護士 佐久間武人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、原告の被告栗原に対する請求について、

被告栗原が遅くとも昭和二十三年秋頃までに原告より本件土地を賃借したこと、その後被告栗原が被告荒川区に対し本件土地を使用貸し、被告荒川区をして同地上に原告主張の各物件を設置して本件土地を児童遊園地として使用されていること、原告が右使用貸によつて被告栗原が被告荒川区に本件土地を無断転貸したものであるとして、昭和三十年三月十四日、被告栗原に対し内容証明郵便を以て本件土地賃貸借契約解除の意思表示を発し、該意思表示が同日被告栗原に到達したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右使用貸について被告栗原が原告の承諾を得なかつたことは、同被告の自認するところである。

被告栗原は一般に賃借人が賃借物を他に使用貸することは、民法第六百十二条に所謂賃借物の転貸ではないと主張して右意思表示の効力を争うが、同条に所謂転貸とは、賃借人が自己の有する権利の範囲内において第三者をしてその物の使用収益をなさしめることを約する契約であつて、その法律関係が賃貸借であると、使用貸借であるとを問わないと解せられるから、右被告栗原の主張は理由がない。

しかしながら、元来、民法第六百十二条は、賃貸借が当事者の個人的信頼関係を基礎とする継続的法律関係であることにかんがみ、賃借人が賃貸人の承諾なくして第三者に賃借権を譲渡し、又は転貸したときには賃貸借関係を継続するに堪えない賃借人の賃貸人に対する背信的行為があつたものとして、賃貸人において解除により一方的に賃貸借関係を終止せしめ得ることを規定したものと解すべきであるから、賃借人が賃貸人の承諾なく第三者に賃借物を転貸した場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情があるときには、同条による解除権の行使は許されないものと解すべきであるので、本件についてもこの点を考察する。

まず原告と被告栗原との間の本件賃借契約における土地使用目的についての約定を検討するに、証人吉岡てうの証言並びに原告及び被告栗原各本人尋問の結果を綜合すると、本件賃貸借契約は訴外千葉四郎の仲介によつて成立したものであるが、当初昭和二十三年二月頃原告は被告栗原に対し、本件土地のうち約百坪を被告栗原の営む染物業のためその染物の乾場として使用する目的で賃貸し、その後に至り被告栗原は残り約二十坪も賃借せんとして、この部分に賃借権を有していた訴外人某と交渉した結果話合いがついて、この部分についても原告と被告栗原との間で前同様の使用目的で賃貸借契約が締結された事実を認めることができる。

この点につき被告栗原は木造家屋所有を目的とする約定であつたと主張するのであるが、右主張の約定の契約である旨記載された栗乙第二号証(土地賃貸借契約書)中原告作成名義の部分については、これが真正な成立を認めるに足る証拠はなく、被告栗原本人尋問の結果によると同被告としては右主張の如き使用目的で本件賃貸借契約を締結する意図であつたけれども、その意図は仲介人である訴外千葉四郎にも告げられなかつたことが認められるのであり、証人吉岡てう並びに原告及び被告栗原各本人尋問の結果を綜合すると前記約百坪を賃借するに際し被告栗原は権利金の積りで金五万円を訴外千葉四郎に交付し、内金四万五千円はその後二、三ヶ月を経て後右訴外千葉四郎から原告の姉吉岡てうを経て原告に交付されていることが認められるが、この事実によつても未だ右被告栗原の主張を認めるに足らず、その他右主張を認むべき証拠はない。

本件賃貸借契約が染物乾場に使用という極めて制限的な使用目的を条件としていたこと右の如くであるとすれば、被告栗原が被告荒川区に本件土地を転貸したことは、たとえ使用貸借でもこれを賃借人の背信行為と認めざるを得ない如くであるが、飜つて、被告栗原が被告荒川区に転貸するときの事情及び被告荒川区の使用状況をみるに、証人中村清同小泉勝治の各証言及び被告栗原本人尋問の結果を綜合すると、荒川区には児童遊園条例があつて、この条例に基ずき区内各所に児童遊園が設けられていること、その一つである東京都荒川区日暮里町五丁目八百二十八番地の二に設置されていた児童遊園は昭和二十八年九月頃東京都による道路拡張工事施行のためこれを撤去しなければならなくなつたこと、地元民はこれが移転先として適当な空地を探していたところ、当時被告栗原が燃料、材木などの置場として使用していた本件土地を適当と認め、被告栗原に対し荒川区会議員中村清から借用を申入れたこと、被告栗原は当時地元の町会長であつた関係もあり、子供のため町のためということで止むを得ず使用貸することになつたもので、被告栗原が必要とするときは三ヶ月前に予告すればいつでも明渡す約定となつていること、被告荒川区が本件土地に設置している施設は請求の趣旨第二項掲記の施設にとどまりいずれも取り毀し容易な施設があつて染物の乾場に使用する場合に比し特に土地の原状を変更している事実はないことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の如き転貸の事情、使用状況と前記認定の原告が本件土地を被告栗原に賃貸するに際し金四万五千円の金員を受領している事実を綜合すれば、被告栗原の被告荒川区への転使用貸は必ずしも原告に対する背信行為とは認め難い。

従つて、原告の前記賃貸契約解除の意思表示は、本件賃貸借契約を終了せしむるに足らず、右賃貸借契約解除を原因として被告栗原に対し本件土地の引渡を求める原告の請求は失当である。

第二、原告の被告荒川区に対する請求について、

本件土地が原告の所有であること、被告荒川区が同地上に請求の趣旨第二項掲記の各物件を設置して児童遊園地として使用していることは当事者間に争いがない。

被告荒川区はその占有権限として本件土地の賃借人たる被告栗原から本件土地を転借していることを主張し、この事実は当事者間に争いないが本件土地を被告栗原から借受けるについて被告栗原が原告の承諾を得ていることについては、なんら主張立証がない。

しかしながら、本件転貸は賃借人の背信行為と目するに足らず、賃貸人において賃借人の転貸を理由に賃貸借契約を解除することが許されない場合であることは右第一において述べたとおりであつて、かかる場合において当該転借人はその転貸借契約に賃貸人の承諾がない場合においても、その転借権をもつて賃貸人に対抗し得べきものであり、従つて転借人の目的物に対する占有は適法なものと解するのが正当である。

即ち、転貸借契約について賃貸人の承諾があれば、転借人は賃貸人に対する関係においても適法にその目的物を占有し得るというのは、右承諾が本来賃貸人に対する関係においては違法とされ、転借人からその存在を主張しえない転貸借契約につきその違法性を阻却するが故であると解せられる。そうだとすれば、賃貸人の承諾に限らず、いやしくも転貸借契約の違法性を阻却すべき事由が存在すると認められる転貸借契約においては当該転借人はその転借権をもつて賃貸人に対抗し得るといわねばならない。そして、本件の如く転貸人の承諾は与えられていないが、これを理由に賃貸人において賃借人に対して契約の解除をなし得ないものとされる事態はまさに転貸借契約の違法性を阻却するものというべく、従つてかかる事態の下において転借人が目的物を占有する場合の転借人の賃貸人に対する関係における目的物の占有権原は、転貸借契約につき賃貸人の承諾があつた場合と同様であると解するのが相当であるからである。されば、本件において被告荒川区からは原告の承諾についてなんら主張立証はないが、被告荒川区は賃貸人たる被告栗原との間の転貸借契約をもつて賃貸人たる原告に対抗することができ、被告荒川区の占有は正当権原に基くというべきで、原告の被告荒川区に対する請求も失当である。

第三、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桑原正憲 裁判官 藤井一雄 三好達)

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